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石垣島の唐人墓

大自然に囲まれた石垣島は、美しい海とさんご礁がとりわけ有名ですが、歴史に関心のある人にとっての石垣島はまた違った面を見せている島だといえます。
なぜならば石垣島には興味深い歴史があり、その歴史を知るべく石垣島にやってくる人もいるほど、石垣島は魅力的で文化的に香りのある島だといえます。
ここで歴史に詳しい人ならば知っている石垣島の史跡のひとつである唐人墓(とうじんばか)についてご紹介しましょう。
唐人墓は、少し歴史の知識のある人ならば推測できますが、唐人といえばもともとは外国人という意味で使われていた言葉でしたが、時代の変遷とともに次第に中国人のみを指すようになりました。
むかし、日本には中国からやってきた苦力(くーりーと読みます)たち、つまり中国やインドなどのアジア系の人々が日本にやってきて、手に職がなく単純労働に従事していた人々がたくさんいました。
この唐人墓というのは、当時ある事件が起きた際に犠牲となった中国人の魂を慰めるために建てられた墓地です。
石垣島の唐人墓は、石垣市の観音崎という場所にあります。
この唐人墓は、咸豊2年(1852年)に起きたロバート・バウン号事件で、多くの中国人の苦力たちが亡くなりその犠牲者である中国人の苦力たちの魂を慰める慰霊のため、1971年(昭和46年)に建てられた墓地なのです。

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